京都府女性薬剤師会の公式ブログです。
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日本女性薬剤師会 移動セミナー ―くすりの富山からの発信ー
2010.9.18~19 参加者4名
北アルプス立山連峰-名鉄トヤマホテルからの眺望
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左:越中おわら風の盆、右:新川地域在宅医療療養連携協議会会長 中川医院院長 中川彦人先生
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 移動セミナーも第8回を数え、漸く薬剤師が見える形で在宅医療連携に参画できる段階に入りました。今回富山では”連携パス” モデル事業を立ち上げられた「新川地域」の例を全国に広げるべく各職域の方からの発表を聞かせて頂ました。その中で、当たり前である筈の、日本人が忘れかけている問題を衝かれた特別講演 、「在宅終末期医療とナラティブ」 ものがたり診療所長 佐藤信彦先生の講演要旨を拍手をもって記します。


 人生は一つの物語(ナラティブ)である。それに寄り添った形で最後の「生」を生き抜く援助をする場=ナラティブホームを提案したところ、"panaホーム”などと見分けがつかないと批判され、この4月ようやく自分で実践にこぎつけた。
 フランスで115年かかった高齢化速度が日本では24年。女性の社会進出や、住居の狭小性、核家族化、宗教の問題などあるにしても、低負担で医療圏へ送り込み、生活圏から病人を切り離すことに成功(?)した結果、自宅で死を看取る知識や技術を失っていった。今この流れを在宅へ呼び戻そうとするのは、単なる医療費削減のためばかりではない。高齢者の終末期を住み慣れた地域で「生きぬきたい」事の本質、「誰に看取られたいか」「死の瞬間まで自分の生を納得して全うしたい」に答えるものであり、現代の医学が「治す」に熱心な余り、死を回避する術ばかりを探求し続けた弊害を戻すものといえる。目標は、医療が必要なときには医療を、在宅の気軽さを求めるときにはその環境を提供できるシステムと理念の構築である。
 今日日本に必要なものは「人生最期を生ききる援助をする」即ち死を見据えた生の医療である。医学は科学であるよりは社会的実践行為、「いのち」の始まりと終りの行為でなければならない。終末期医療は敗北の医療ではなく、それ自身が高度専門医療なのである。
 寝たきりの人の「いのち」はそこにある(being)だけでいい。世にはびこる金が入るからなどではさらさらなく、心象の絆である。ものがたり的理解=「そういうこともあるよね」という感覚。「いろいろあったけど、さほど悪い人生でもなかった」という究極の安堵を抱ける人生の最期にどう拘れるか。"専門性を捨てた専門性”。こういう医療がしたかったという境地に今は居る。
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by yes-we-can-2009 | 2010-09-21 23:41 | HP補足